2025/02/23
風待草の咲くころ ~大切なあの方の想い叶える~
こんにちは。ホーム長の三輪です。
老人ホームへの入居というのは、ほとんどの方にとって様々なご不安の伴う一大決心かと思います。
私どもも、ご入居に際しては多様なご相談をいただきます。
当社のホームでは、特に「元々の生活」がご入居後も続けられるよう、様々に図っております。
ですので、私はいつも新しいご入居者やご家族には、「大丈夫です。必ず気に入っていただけます」とお伝えしています。
あるご入居者は、美術品と骨董品のコレクターでした。
ご入居前の私物の整理で、大切なコレクションのほとんどを周囲の大切な方々に惜しみなく贈っていらっしゃいました。
ただ、一部は「手元において、愛でたい」と、お部屋に持ち込まれることにされました。
ご自宅にお伺いした際に、ご持参を決めているある壺を眺めながら、
「この壺、気に入っているけれど、とにかく毎日の仕事に追われて、とうとうお花を生けられずにきてしまったわ」
と、呟かれていらっしゃいました。
ご入居後数か月が経過し、ホームの生活に慣れてこられたころ、予てから望んでいらした治療を受けるためにご入院されました。
ある秋の日に「しばらく留守にしますけれど、長くかからずに戻ってくるわ」とおっしゃってのご入院でした。
入院生活は紆余曲折あり、当初の予定よりも長引いていました。
多くのお見舞いの証に、病室の窓辺には、季節の飾りやカードの数々が並んでいました。
幾度目かの私どものお見舞いのときに、
「入院がすっかり長引いてしまったけれど、梅のころには帰ります」
とニッコリと笑顔をお見せくださいました。
退院の日取りが決まって、ご帰宅の用意をさせていただいているとき、お部屋の片隅のあの壺がありました。
『この壺にいっぱいのお花を』心の中で、ふとそんな思惑が浮かびました。
ご帰宅を心待ちにする気持ちの片隅に、サプライズに驚くご本人のお顔を見たいという少しのいたずら心。
お花屋さんに相談して、この壺に合う、特別なアレンジをしていただきました。
シンビジウム、アセビ、ストック、スカシユリ、雪柳、そして梅を添えて。
清冷な雰囲気の白い壺に、春らしい優しい色合いの花々、柔らかな若葉、甘やかな香りがよく合いました。
ご帰宅時、それは、それは喜んでくださったご入居者。
ご退院を祝して、多くのスタッフと、このアレンジをバックに記念撮影をしていらっしゃいました。
「ありがとう。本当にうれしいわ。ただいま」
と、お見せになった笑顔には、安心感と幸福感が溢れているようでした。
壺に生けられた梅は、漆黒の、まるで真っ黒な稲妻を思わせるその厳格な枝ぶりに反して、清楚で可憐な蕾をつけていました。
それが、ご入居者のご帰宅から、次々に白く開花していきました。
梅の別名は「風待草」。
梅は東風を待って咲くため、こう呼ばれているそうです。
ホームではご入居者のお帰りを待って、咲き始めました。