毎回"Life Focus(LF)"をかたちにするための取り組みをご紹介するこのシリーズ。
今回は、あるご入居者の懐かしの味を、材料づくりから取り組んだ事例をお伝えいたします。
【CASE: 懐かしの味がいざなう故郷への想い】~治部煮づくりを通じて~
石川県は金沢市ご出身のK様は、故郷を離れて久しい今日でも、時折金沢のお話を聞かせてくださいます。ご家族との暮らしやお友達と楽しく過ごした日々のこと。好きだった遊びや心和む風景のこと。そして舌に残る懐かしい「味」。冬になると思い出されるのが、身体がほっこり温まる「治部煮」もそのひとつ。K様にとっては故郷への想いが詰まったお料理なんだそうです。
ご存じのように、治部煮は加賀藩の時代から親しまれている金沢の郷土料理。小麦粉をまぶした鴨や鶏肉を季節の野菜、特産のすだれ麩と煮合わせた椀物で、濃いとろみがあるのが特徴です。ちなみに名前の由来には、「じぶじぶ」と煮る音から付いた、人名にちなむなど、諸説があります。現在では、結婚式などの祝いの膳には欠かせない行事食のひとつとなっているそうです。
懐かしそうに治部煮のお話をなさるK様のご様子を拝見し、「K様に作り方を教わりながら、皆様で治部煮づくりをお楽しみいただき、伝承の味を堪能されてはいかがだろうか」。そう思い付いたスタッフは、LFのチームメンバーでアイディアを出し合い、ライフプランを組み立てていきました。
メンバーのひとりから、治部煮に入れる具材のシイタケを、栽培するところから始めてみてはどうか、という提案もなされました。シイタケは、室内で栽培できて手間もかからず、成長も早いため、初めてでも簡単に収穫できるとのこと。ならば収穫の喜びも同時に味わっていただこうと、材料づくりから取り組むことになりました。
まず、プラン実行の第一段階として、ホームにシイタケの栽培ブロックが設置されました。
長く人生を歩んでこられた皆様でも、シイタケが育つ過程をじっくり観察するのは初めて、という方も少なくなく、どなた様も皆、興味津々。菌床をのぞき込んでは、
「これ、何?」「生きてるの?」「なんだか気持ち悪い...」
などと、初めは若干ネガティブ反応を見せていらっしゃいましたが、日増しにグングン成長してくると、
「すごいわね!!」「モクモクと立派にそだったねぇ」「肉厚でおいしそう!」
と、ワクワク感が隠せないご様子へと変わっていきました。
成長を見守ること10日あまり。ついに収穫の日を迎えました。もちろんK様にもお手伝いいただきます。
「治部煮をおいしくしてね!」と、我が子のように愛おしそうに扱っていらっしゃるお姿が、とても印象的でした。
そこで記念撮影!喜びいっぱいの笑顔をお見せくださいました。
さて、プランは第二段階「治部煮づくり」へと進みます。
お料理愛好家の皆様にお集まりいただき、調理が始まりました。
まずは、材料の下ごしらえから。こちらの方は人参担当です。
「私ピーラーって使わなかったのよね。上手く皮が剥けるかしら?」
「大きさはこのくらいでいいかしら?」などとひとつ一つ確認しながらも、手際よく進めていらっしゃいます。
こちらは鶏肉のカット担当です。
「ひと口大ってこれくらいかしらねぇ。うちはこのくらいの大きさだったんだけど...。皆さんのお口に合うかしら?」
「鶏肉が入るとコクが出て美味しいわよね」
「本場は鴨肉なんですって。いいお出汁が出るものね」
などと賑やかに会話を弾ませながら、調理が進んでいきます。
さすがはベテランの主婦ぞろい。包丁さばきはお見事です。
あっという間に大きさの揃った具材が並びました。
こちらの方は鶏肉に小麦粉をまぶす担当です。
「粉を均等につけないとだめよね」
「ダマにならないように振るっておくといいのよ」
「こうするとお肉がつるっと柔らかく、のど越しが滑らかになるのよね。水晶のように艶も出ておいしそうに見えるし」
なるほど。お傍で手伝うスタッフも勉強になります。
下ごしらえが完了し、ここからはいよいよK様に主導をお任せします。
「まずは人参から。じっくり火を通して甘みを出します」
「次は椎茸を入れて下さい」と、次々指示が出されます。サポートするスタッフも大忙し!
材料をひととおり炒めたら、お出汁を入れて煮込みます。
いい香りがダイニングに漂い、皆様の期待も次第に膨らんでいきます。
「石川県の治部煮は東京のすき焼きみたいなものなんですよ」
「昔はよく食べましたねぇ...。金沢の冬は雪が多くて冷えますから、トロミのあるお汁をいただくと、身体がほかほかと温まるんですよね」
グツグツ...、グツグツ。
お鍋が煮える音を伴奏に、K様の思い出話が弾みます。それを穏やかな笑顔で聴き入る皆様。ご自身の故郷への想いを重ねていらっしゃるのかもしれませんね。
さてさて、ついにK様直伝の治部煮の完成です!
「お肉も野菜もたっぷりで栄養満点ね」
「お出汁の深い味わいが染みるわ...」
「ホームで採れたシイタケも肉厚で、食べ応え十分。香りも違うわね」
「おいしい郷土料理を紹介してくださってありがとう!」
次々とあがる称賛のお声に、K様は誇らしげな笑顔を浮かべていらっしゃいました。
飽食の時代といわれる今よりもずっと、地域に食文化が根付いていた時代の皆様にとっては、故郷やご家庭の味はとても大切なもので、味覚の記憶に紐づいて様々な思い出がよみがえり、生き生きとご自身について語ってくださる良いきっかけとなりました。
そして、懐かしの味の背景にある物語を伺うことで、ご本人に対する理解が深まるとともに、ご自身らしい暮らしの実現につながるヒントをたくさん得ることができました。
これからも私たちは、K様が大切にされてきた故郷でのかけがいのない日々を尊重し、ホーム生活での楽しみや生きがいにつなげていかれるよう、精一杯努めてまいります。